草も生えないとこ

独り言とか

SOUL FLOWER ver.2017 初日

ACTOR'S TRASH ASSH 旗揚げ15周年記念興行。第21回公演。

再再演?なのかな?初演は主宰で脚本・演出の松多壱岱氏が主演をしていたそうで。それはそれで見てみたかったなぁと思う…

 

まだ公演期間中のため、なるべくネタバレは控えます。すぐに書ければよかったんだけど昨日はそれどころじゃなかった。

以下は勝手な妄想も含めた感想?にもならない戯言。

 

・「俺は何故生まれた?」

人間ある程度の年までいけば、一度は考えたことがあるのではないだろうか。自分が何故生まれ、何のために生きているのか。何かを為せる存在なのか。何者かになれるのか、なれないのか。私は諸々精神的に拗らせているのでまだまだ考える。自分が何者にもなれないという事実に愕然とするときもある。

サガミがこのセリフを口にしたとき、どきりとした人も多いのではないだろうか。私は悪い方向にどきりとした。何かをえぐられるのではないかと思った(まあそんなことはもちろんないのだが。目の前に展開されるのはサガミたちの物語なのだから)。

ラスト付近、サガミの中にその答えがすとんと落ちてくる。その時、彼は怖れつつも、今まで満たされなかった何かが満たされたのではないだろうか。だからこそあんな風に笑えたのではないだろうか。俺でなければできないことは、ここにあったのだと。自分が存在していた意味が、ようやく残せるのだと。たとえそれが、死への旅路であっても。

重要な何かを為して命を落とすか、何もなさずに長く生きるか。どちらを選ぶかと言われたら、私は前者を選びたい。サガミが全てをかけて自分の大事なものを守ったように、私もいざというときは、大事なものを守れる覚悟を持っていたい。

 

ジョーカーが本当に求めたもの

ヒルズのトップに君臨する男、ジョーカー。彼は彼でなかなか惨い人生を送ってきたのではないだろうか。身の回りにあらゆるものがあり、権力があっても、決して埋められない真っ黒な穴がある。それを埋めようとここまで来てしまったのではないだろうか。これなら楽しくなれるかも、あれなら幸せが手に入るかも、欠けた所のない満月のような充足感が得られるかも。そんなことを考えたかどうかはわからないが、とにかく己の欲を満たした。けれどきっとそれはのど元を過ぎればあっという間に当たり前になって、また別の何かをもとめなければいけなくなる。物欲を満たすことに代表される相対的幸福というのは、満たせば満たすほど物足りなくなってさらなる刺激を求めずにはいられないものだ。

最後に彼の穴を埋めたのは、おそらく彼が長らく求めた感覚であり、それをもたらしたのはほかでもない「ヒルズ」だったことだろう。

 

・キーコかわいいよキーコ

キーコという天衣無縫を絵にかいたような少女は、二人の男にとってどんな存在だったのだろうか。一見すると、次の行動の予測が立てにくく、何を言い出すかわからない。しかし気が付けば上を向いている。自分が見上げているより、もっともっと高い場所を、飛んでいくシャボン玉を追いかけるみたいに。そして下を見下ろしては微笑み、手を伸ばそうとする。彼女の世界は広い。広くて広くて果てがない。彼女の声が届く限り、そこは彼女にとって庭なのだ。

力が続く限りどこまでも飛んで行こうとする鳥のようなキーコを、ジョーカーは羽を切ってとらえようとした。サガミは大きな籠をぶちこわして、そのキーコを外へ飛び出させた。どちらもキーコを思っていたことに違いはない。ただ、己を第一に彼女を欲したか、彼女を第一に己を費やしたか、そこが違ったのかな。と思う。

 

・結局のところ、あの作戦は正しかったのか。

正直乱暴すぎやしないか、とは思う。おそらくは国家の行く末を左右する出来事だったに違いない。重罪人だぞ確実に。国力の低下待ったなしだろう。あっという間に敗戦国の仲間入りだぞ。たぶん。ひょっとしたらあの世界では戦争なんて私設軍隊を持つ金持ちたちのゲームになってるのかもしれないけど。そしたらそこまで重罪でもないのか?

とにかく、よくも悪くも少年漫画っぽい解決方法だなあと思いました。

 

ここまで書いてて思ったけど私こういうの向いてねえわ。支離滅裂が過ぎる。

疲れたからとりあえずここまで。なんかもう読み返すのもこわい。